喧嘩をした。
 他愛もない喧嘩だった。それこそタママ辺りに知られたら、鼻で笑われてしまうだろう、些細な事での喧嘩。
 いつもと違ったのは、ギロロか、それとも自分なのか。
 答えが出ないまま、もやもやする感情を振り切ってガンプラを作る。しかし手は動かず、作業は進まず。ケロロはいつもより高く見える天井を仰いで、深く深くため息をついた。

 地球侵略とか、ガンプラ禁止とか。
 事ある毎に口を酸っぱくしてうるさく言うギロロに、ケロロはいつも通りとぼけてみせただけだったと思う。
 自分の何がギロロの気に障ったのか、それすら判らない。どこで地雷を踏んだのか、何度考えても判らない。
 無意識に人を傷つけてしまう事はよくあった。けれどそれは、よく知らない仲である相手に限定されていた。少なくとも、今までは。
 自分の性格を、幼馴染であるギロロもドロロも知っていたし、あの2人はそれを寛容出来る優しさを持っていた。今まで甘えていただけだと言われてしまえばそれまでだが、長い長い時間をそうやって共に歩いてきたのに。

「……ギロロが、悪いんであります」

 造りかけのガンプラを箱に仕舞い込み、ぷいっと不貞寝をしながらケロロは呟く。言葉にした瞬間、胸に鈍い痛みが走った。部屋の中には自分ひとりだ。誰も、慰めてはくれない。

「何であんなに怒るのか、判らないであります」

 寝返りを打って、また呟く。
 喧嘩した時の状況は、今起きている事の様に思い出せる。それなのに、ギロロが怒った理由には見当も付かず、それが余計にケロロの中の理不尽な怒りを煽った。

 いつも通りのやり取りだった。自分はいつも通りに振る舞った。
 ただそれだけなのに、ギロロは深くため息をつき、蔑んだ目でケロロを見た。そして、低い声で「もういい」と言った。何の感情も、見えない声だった。

 ギロロの姿を、あれから見ていない。
 ケロロは自分の部屋から一歩たりとも出ていないのだから、当たり前だ。クルルもタママもドロロも、自分を慰めには来てくれない。自分はこんなにも、辛い思いをしているのに。

「きっと、みんなギロロの味方なのであります」

 そう考えると、余計に腹が立つ。自分はひとりなのだと、改めて感じてその孤独が身に沁みる。
 何であんなに怒ったのか。せめて、それを教えてくれれば。

「……勝手に、怒る方が悪いんでありますっ!」

 飛び起きて、枕にしていたクッションを壁に叩きつける。
 そんな自分が、嫌だった。
 心のどこかでは判っている。謝れば済む話なのだと。自分から動いて行かないと、何も解決はしないのだと。

 ギロロは、理由もなく怒ったりしない。
 ならば、自分に何らかの過失があったことは間違いないのだ。それを判っていながら、何故こうも腹が立つのだろう。
 ギロロが怒る理由がわからないからだろうか。この一人ぼっちの状態が寂しいのだろうか。
 渦巻く感情を持て余して、ケロロはクッションを思いっきり殴った。その瞬間、ギロロだったら銃で撃つんだろうななんて考えて、涙がこぼれそうになる。

 自分は、今。
 何がしたいんだ?

 自らに問いかけて、頭の隅が小さく光る。
 答えを掴もうとした瞬間に、「トントン」と控えめなノックがドアを鳴らした。

「ケロロ」

 自分の名を呼ぶ低い声に、クッションを抱きしめたままケロロはドアを振り返った。
 胸が痛い。ぎりぎりと、締め付けられるように痛む。

「さっきは……その。すまなかったな」

 白いドアの向こうで、ばつが悪そうに言葉を紡ぐギロロの姿が、透けて見えるような気がした。
 クッションに、ぽたりと水滴が垂れる。何かを考えるより先に、「入っていいよ」と口が喋った。

 想像したのと同じ表情を浮かべて、ギロロがおずおずと扉を開ける。隙間から顔を覗かせて、ケロロの様子を伺うギロロは、厳しいが優しさを隠しきれない、そんないつものギロロだった。

「虫の居所が悪くて。……その、当たってしまったんだ。すまない」

 ケロロと距離を置いたまま、ギロロは謝罪の言葉を重ねる。
 本当はケロロだって判っているのだ。ギロロが悪くないことくらい。
 クッションに顔を埋めたまま、ケロロは黙って手招きをする。近づいてくるギロロの気配に、心からの安堵を覚えた。

 謝ることすら出来ない。
 怒らせた理由を考えることも出来ない。
 そんな自分を、まだ見捨てられずにいるこの人を、どれだけ大切に思っているか。

「ケロロ?」

 泣いているのか、と優しい手がふわりと頭を撫でる。堪えていた涙が、一気に溢れてクッションを濡らした。

「……ごめんなさい」

 ギロロの手を引き寄せ、ケロロは呟くように言った。聞こえるか聞こえないか、そんな言葉でもギロロはいつだってちゃんと拾ってくれる。
 いいんだ、と軽く握り返される手の感覚。さっきまで怒っていた筈なのに、目の前に現れた途端に素直な気持ちが先走る。

 ごめんなさい。
 自分から、そう言えなくて。いつもキミに言わせてばかりで。

「ギロロー」
「何だ?」
「我輩、我侭でありますよ」
「知ってるさ」

 何を今更、と言わんばかりに、ギロロが笑った。
 自分の手を包むギロロの手を、強く強く握り返す。戦場をともにした、戦友への握手と比して違わぬ強さで。

「我侭だから……我輩、ずっとギロロと一緒にいたいのであります。喧嘩しても、ずっと仲良く過ごしたいのであります」
「……知ってる」

 寂しがり屋め、と呟いて自分を優しく撫でるギロロに、やっぱり敵わないのだと思い知らされる。

 これからもきっと、大喧嘩はするだろう。
 それでもずっと、キミと一緒に。それは心が望むままに。

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