人見知りの上に、病弱。
そんな僕だから、友達なんてなかなか出来なかった。お母様がいつも心配してくれたけれど、僕はすっかり諦めてしまっている。
友達なんて、出来ないって。
「うわーっ、すっげー!」
目をキラキラと輝かせて、ケロロ君が玩具の山を見つめる。そこに、僕の姿がないことなんて判ってた。
だけど、僕が「友達」と遊ぶにはこれしかないから。
「好きなだけ遊んで行ってよ」
にっこりと笑って促せば、ケロロ君はギロロ君の手を取って早速玩具の山に夢中だ。2人の世界に、僕はいない。僕が用意した玩具さえあれば、2人に僕は要らない。
静かに部屋の扉を閉めて、僕は廊下でため息をついた。
玩具の山は、2人を繋ぎとめておくための罠でしかない。こんなものを使わなければ「友達」を得られない僕自身を、僕は笑おうとは思わない。
だって、2人が僕を「玩具のため」に利用しているのと同じように、僕だって2人を利用している。
心配性のお母様を安心させるための友達は、言わば薬でしかない。
僕は彼らを利用している。だから、僕の胸は痛まない。こんなものを使わなければ「友達」を得られない僕自身を、僕は可哀想とは思わない。
ケロロ君とギロロ君が楽しそうに遊んでいるのを遠巻きに見つめて、どれほどの時が過ぎただろうか。
「あ、そろそろ帰らないと! 観たい番組があるんだよね~」
ケロロ君がふと見上げた時計を見て、慌てた声を上げた。
飽きてきたんだな。
僕は冷たい心でそう思って、表面上はにっこりと笑う。
「じゃあ、おやつにカステラを切るから、それ食べていってよ」
「マジで?! ゼロロんち何でもあるんだなー!」
案の定喰らいついてきたケロロ君に、僕の心は軋んでばかりだ。でも、そんなの気のせい。利用しているのは僕の方なんだから、心が痛む筈はない。
「じゃあ、用意してくるね」
「待てよ、ゼロロ」
部屋を出て行こうとする僕の背中に、ギロロ君の声が掛かる。
心配しなくても、キミの分だってちゃんと用意してあげるのに。
「……おれ、手伝う」
振り返った僕の目を真っ直ぐに見つめて、ギロロ君ははっきりとそう言った。それは何気ない一言でしかない筈なのに、僕は驚きのあまり、すぐに返事をすることが出来なかった。
「ゼロロ? 迷惑か?」
「あ、ううん。大丈夫。じゃあ、キッチンに案内するから」
何とか取り繕う事が出来た。自分の中に湧き上がる動揺は押し殺して、僕はキッチンへと向かう。
背中を追ってくるギロロ君の気配が、何だか妙に怖く感じた。
あらかじめ用意してあったカステラを取り出して、果物ナイフで均等に切る。
切る作業は、ギロロ君に任せた。こういったものの扱いは、お兄さんから教わっているギロロ君が一番上手い。
2切れをお皿に乗せて、ギロロ君に渡す。お皿に目を落としたギロロ君は、訝しげな目で僕とお皿を交互に見つめた。
「ゼロロの分がないぞ?」
「え? 僕は……いいんだよ」
だって、2人とは形だけの「友達」だし。
本当の「友達」同士だけで食べたほうが、おやつだって美味しいから。
「……ゼロロは、いつもそうだな」
悲しげに目を伏せたギロロ君が、寂しそうに呟く。
自分の心の中を見透かされた気がして、僕の心臓がどきんと跳ねた。
「俺たちは……いや、俺はこんなもので釣られなくても、ゼロロと友達でいるけどな」
頭をがつんと殴られたかのような衝撃が、体中を走り回った。
ギロロ君の言っている意味が判らなかった。だって僕はいつも通り笑えていたし、いつも通り振る舞えていたし、本音は誰にもこぼしたことがないし、絶対に失敗は犯していないはずだった。
どうして? なんで?
「わかるよ」
どこか悲しそうな顔はそのままだった。ギロロ君の、無理やりに笑みを浮かべた口から、僕の心を貫くような言葉がこぼれる。
「ゼロロがどう思ってても、俺にとっては友達だから。考えてることぐらい、わかるよ」
「……何のこと? ヘンなギロロ君」
くすりと自然に僕は笑う。嘘をつくのは、きっと下手じゃない。
ギロロ君は諦めたような表情をして、はぁっと小さくため息をついた。見せ付けるでも当てつけでもない、ただ洩れただけのため息だった。
「ま、いいよ」
少しお兄さんぶった、いつものギロロ君の笑顔がそこにあった。
今まで自分でも気付かぬまま纏っていた緊張が解けて、肩の力が抜ける。そんな僕の隙を突くようにギロロ君の手がさっと伸びて、別に置いてあった僕の分のカステラを掻っ攫っていく。
「あ」
「一緒に食べよう。まずはそこから」
ギロロ君の持ったお皿の上には、カステラが3切れ。
仲良く並んだカステラを見て、何故か涙が込み上げた。
「……うん」
泣くなよ、と言われたから、歯を食いしばって耐えたけど。
言われなかったら、僕はきっと泣いていた。